大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和38年(特わ)620号 判決

主文

被告人巽良夫を懲役一年及び罰金二〇万円に

被告人深田鑛太郎を懲役八月及び罰金一五万円に

被告会社大栄運輸株式会社を罰金二五万円に

各処する。

被告人巽、同深田において、右罰金を完納することができないときは、金五千円を一日に換算した期間、労役場に留置する。

被告人巽、同深田に対し本裁判確定の日から三年間右各懲役刑の執行を猶予する。

被告人巽、同深田、被告会社大栄運輸株式会社から一九、〇七二、五五〇円を追徴する。

訴訟費用は全部被告人巽の負担とする。

本件公訴事実のうち、被告人巽良夫に対する第一(一)中の、被告人深田鑛太郎及び被告会社大栄運輸株式会社に対する第二(一)中の各虚偽申告罪に関する公訴はいずれもこれを棄却する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人巽良夫は貿易業を営む巽貿易株式会社の代表取締役であり、被告大栄運輸株式会社は税関貨物取扱業等を営む会社で、被告人深田鑛太郎は同社の専務取締役としてその業務全般を管掌する外、特に営業部門を担当していたものである。

しかして被告人巽の主宰する巽貿易株式会社は洋食器の対米輸出を主たる営業内容の一としていたが、その洋食器の対米輸出につき、昭和三三年三月以降長さが二六糎以下のステンレス鋼製の食卓用ナイフ、フオーク及びスプーンで柄が金属製のもの(以下単に規制洋食器と略称する)について数量規制が実施され、割当数量の範囲内のものでなければ通商産業大臣の輸出承認が得られず、従つて税関の輸出許可も得られないことになつたが、その規制数量はそれまでの輸出量に比し極めて少ない数量であつたため、輸出先の貿易業者の需要を充たすに足りなかつたし、これが生産業者に対しても、多大の過剰設備を生じさせることとなり、いきおい規制以上の輸出を要望する風潮があり、加えて、巽貿易では予め生産業者に手形の前渡しをしていたが、若し規制量以上の洋食器の取り引きをしないときにはその決済が危惧される状況にあつた。

そこで、被告人巽は右規制を受くべき洋食器を、その規制を不正に潜脱して輸出しようと決意し、まず、巽貿易で直接洋食器の輸出事務を担当していた柿崎健吉に、そのことを打ち明けて協力を求め、その同意を得たうえ、これが実行には通関業者の協力が不可欠であるところから、かねて通関業務を依頼してきた被告会社大栄運輸の営業担当者であつた被告人深田鑛太郎にその情を明かして協力方を依頼したところ、同被告人は得意先の頼みでもあり、且つ、当時被告会社大栄運輸はまだ税関貨物取扱人の資格がなく、その免許を有する関東運輸株式会社の名義を借りて通関営業をなしていたときで、自身免許を取得するために、これが実績を欲していたときでもあつたので、これを引き受け、同被告人は更に被告会社大栄運輸において、直接通関事務を担当していた太田恵晟に事情を話して協力を求め、その同意を得た。

かくして、被告人巽良夫、同深田鑛太郎は、被告人深田においては被告大栄運輸株式会社の業務に関し、柿崎健吉、太田恵晟と共謀のうえ、

第一、実際は前示規制を受くべき洋食器であるのに、これを同じ洋食器ではあるが、その規格や材質などが異なつていて右規制を受けないステンレスサラダサービングセツトやスチールナイフなどと偽つて輸出申告をする方法によつて前示目的を達しようと企図し、よつて、別表一記載のとおり昭和三五年九月二四日から同三六年七月六日までの間一〇回に亘り、いずれも東京都港区芝海岸通三丁目一番地所在、東京税関芝浦出張所において同所係員に対し、巽貿易株式会社が実際にはステンレススチール六〇ピースセツト等同表記載の洋食器三万六千セツト及びステンレススチールデザートナイフ等六千打をニユーヨーク市所在プレゼント・トレーデング社外四社に輸出するのにこれを、同表記載のとおり、ステンレスサラダサービングセツト等二八万三千八百ピースを右五社に輸出する旨申告し、もつてそれぞれ虚偽の申告をなし

第二、右のようにステンレスサラダサービングセツトやスチールナイフの品名で輸出申告するには輸出検査証明書が必要であるが、その入手の困難なことがあつたところ、当時、税関においては、米国向け輸出貨物に対する現品検査は殆んど実施されておらず、それが行われても所謂持込検査の方法によるのが常であつたところから、前示規制とは関係がないばかりでなく、輸出検査証明書も必要としない園芸用品として輸出申告をなし、附属書類であるインボイス・パツキングリストなども全く園芸用品として作成添付し、更に検査に備えて、検査に供するための園芸用品を一部貨物の蔵置場所に用意する反面、前示規制洋食器の輸出申告には是非共必要な輸出承認書と輸出検査証明書はこれを添付せず、もつて園芸用品に対する輸出許可を得たうえ、これを利用してさきに輸出申告をする際、記号、番号を申告書記載のそれと同じくする梱包に納めて申告書記載の蔵置場所に搬入しておいた、右園芸用品とは全く別異の貨物である前示規制洋食器を、右輸出許可を得た園芸用品である如く装つて搬出船積する方法によつて前示目的を達しようと企て、よつて右方法により、別表二記載のとおり昭和三五年一〇月一九日から同三六年九月一五日までの間、八回に亘り、前示東京税関芝浦出張所において同所係員に対し、巽貿易株式会社がガーデンツール合計九二二グロスを輸出する旨の申告をなし、同表記載の頃、これが輸出許可を得たうえ、これを利用して昭和三五年一〇月二一日ごろから、同三六年九月二〇日ごろまでの間、八回に亘り、いずれも横浜港から、ニユーヨーク市所在パシフイツク・カツトラリー社外一社に向け、前示規制洋食器であるステンレススチール製六ビースホステスセツト等の洋食器合計二八、七〇〇セツトを船積し、もつてそれぞれ通商産業大臣の承認も、税関の許可も受けることなく、これを輸出し

たものである。

(証拠の標目)(省略)

(法令の適用)

法令に照らすと、被告人等並びに被告会社の判示第一の各罪は各関税法第一一三条の二、刑法第六〇条(被告会社につき更に関税法第一一七条)に、同第二の各罪中無許可輸出の点は各関税法第一一一条第一項、刑法第六〇条(被告会社につき更に関税法第一一七条)に、無承認輸出の点は各外国為替及び外国貿易管理法第四八条第一項、第七〇条第二一号、輸出貿易管理令第一条第一項、昭和三六年政令第四三二号による改正前の同令別表第一の一一、刑法第六〇号(被告会社につき更に外国為替及び外国貿易管理法第七三条)にそれぞれ該当するところ、右各無許可輸出の罪と各無承認輸出の罪とはそれぞれ一個の行為にして数個の罪名にふれる場合であるから、刑法第五四条第一項前段、第一〇条によりいずれも犯情の重い無許可輸出の罪の刑によるべく、これと前示虚偽申告の各罪とは同法第四五条前段の併合罪であるから、被告人両名に対してはいずれも所定刑中懲役刑と罰金刑を併科することとし、懲役刑につき同法第四七条、第一〇条により犯情最も重い別表二の5の罪の刑に法定の加重をなし、罰金刑につき同法第四八条第二項により各罰金を合算した刑期及び金額の範囲内において、被告人巽を懲役一年及び罰金二〇万円に、被告人深田を懲役八月及び罰金一五万円に、被告会社大栄運輸株式会社を罰金二五万円に各処し、同法第一八条により被告人巽、同深田において右各罰金を完納することができないときは金五千円を一日に換算した期間労役場に留置すべく、同被告人に対し情状に鑑み、同法第二五条第一項を適用して本裁判確定の日から三年間右各懲役刑の執行を猶予することとし、判示第二の各無許可輸出の罪に係る貨物はこれを没収することができないので、その犯行当時の価格に相当する金額を追徴すべきところ、前田信雄作成の犯則物件鑑定書によると右価格の合計は一九、〇七二、五五〇円であるから、関税法第一一八条第二項により被告人両名並びに被告会社から右金額を追徴し、刑事訴訟法第一八一条第一項本文により訴訟費用は全部被告人巽の負担とする。

(公訴棄却)

本件公訴事実のうち、被告人巽に対する第一(一)中の、被告人深田及び被告会社大栄運輸株式会社に対する第二(一)中の各虚偽申告の点については、これが公訴提起に必要な税関職員若しくは税関長の告発がなく、(もつとも右各公訴事実中の無許可輸出の点については税関長の告発があるので、若し虚偽申告の罪がこれと科刑上一罪の関係にあるなら、右の告発の効力が及ぶことになるが、この両罪は一個の行為によるものではなく、また、その間に通常手段、結果の関係があるともいえず、従つて右は併合罪と解すべきであるから、右無許可輸出の罪に対する告発の効力は虚偽申告の罪には及ばない。)右は公訴提起の手続きがその規定に違反したため無効であるときにあたるので、関税法第一四〇条第一項、刑事訴訟法第三三八条第四項により、右各公訴を棄却する。

(被告人、弁護人の主張に対する判断)

被告人深田と被告会社大栄運輸株式会社に対する公訴事実中、無許可輸出の罪と無承認輸出の罪については、起訴状にその罪名、罰条の記載がないので、これが公訴提起の手続きは無効であり、公訴棄却をすべしとの主張について、

本件起訴状を検討するに、公訴事実は第一の(一)(二)と第二の(一)(二)とに区分されていて、その第一の(一)、(二)には被告人巽に対する訴因が、その第二の(一)、(二)には被告人深田及び被告会社大栄運輸株式会社に対する訴因がそれぞれ記載されているところ、その内容は第一の(一)と第二の(一)及び第一の(二)と第二の(二)とはそれぞれ全く同じであり、そして、その前者中には関税法第一一三条の二の虚偽申告の罪と同法第一一一条第一項の無許可輸出の罪並びに外国為替及び外国貿易管理法第四八条第一項、第七〇条第二一号、輸出貿易管理令第一条第一項の無承認輸出の罪の各訴因が、その後者中には関税法第一一三条の二の虚偽申告の罪の訴因があますところなくそれぞれ記載されており、しかして、罪名並びに罰条の項の記載については、右公訴事実の項のように第一の(一)(二)及び第二の(一)(二)との区分はなされておらず、単に第一の第二とに分けてあるだけで、そしてその第一として、関税法違反同法第一一三条の二、第一一一条第一項、外国為替及び外国貿易管理法違反同法第四八条第一項、第七〇条第二一号、輸出貿易管理令第一条第一項と記載され、第二として関税法違反同法第一一三条の二、第一一七条と記載されているのであるが、このような公訴事実の記載と罪名罰条の記載とを照し合せて起訴状を全体的に観察するときは、右罪名罰条の第一は公訴事実の第一の(一)だけでなく、第二の(一)にも対応するものであり、そしてその第二は同じく第二の(二)にも対応するものと解するのが至当であり、従つて被告人深田と被告会社大栄運輸株式会社に対しても虚偽申告の罪及び無承認輸出の罪の罪名罰条の記載はなされているというべく、唯しかしその記載は不明確のそしりを免れ得ないものであるうえ、被告会社に対する関係において、更に必要な記載である関税法第一一七条と外国為替及び外国貿易管理法第七三条の記載を欠いているのであるが、もともと罪名罰条は訴因を明確にするための補助手段であるところ、本件起訴状における訴因の記載は、それだけでその特定に欠くるところはないので、右罪名罰条の不明確さとその一部の欠缺は被告人深田と被告会社の防禦に実質的な不利益を生ずる虞れあるものとはいえないので、これをもつて公訴棄却の理由となすには足りない。公訴事実第二の(二)中の無承認輸出の罪は刑の廃止によつて免訴さるべしとの主張について

本件公訴の対象となつた全長二六糎以下のステンレス鋼製洋食器は昭和三六年一二月二八日政令第四三二号によつて、輸出貿易管理令別表から削除され、同令が施行された昭和三七年一月一日以降は最早やこれが米国向け輸出には、他の法令による承認は格別、外国為替及び外国貿易管理法に基づく通商産業大臣の輸出承認はこれを受くる要のなくなつたことは明らかである。しかしてこのことは右削除前の違反に係る本件各公訴事実に対し、刑の廃止となるであろうか。

刑罰法規自体でなく、その前提となる命令の内容をなす法令の改廃は、その改廃前の行為の可罰性には影響しないものと解すべきところ、右別表の基礎である外国為替及び外国貿易管理法第四八条第一項及びこれが違反に対する処罰を規定している同法第七〇条第二一号は、右別表が改廃されても何等改廃されるところなく、そのまま今日も施行されているところであるから、各別表の削除は、畢竟、削除後における該品目の輸出には承認を要せず、従つて罪とはならないことを意味するにすぎず、朔つて右削除前の無承認輸出行為に対する罪責をまで左右するものではないと解されるうえ、もともと右第四八条第一項による制限は、その必要の減少に伴い逐次緩和又は廃止されねばならないものであること同法第二条の明定するところであり、しかして現に、右別表の品目は絶えず加削ないし変更されていて、中には一旦加えられたのち削除されながら更に再び加えられた品目もあり、本件洋食器も一時的な必要から加えられたが四年足らずで削除されるに至つているところであつて、同表の品目は同法第四八条第二項に示されているとおり、国際収支の均衡の維持並びに外国貿易及び国民経済の健全な発展のため、その時々の必要に応じてこれを加え、その後の状況の推移変化につれて可及的速かに削除さるべきものであり、これを要するに同表の各品目に対する罰則はそれ自体一時的、短期間のものであつて所謂限時法としての性格を有しているものとゆうべく、加うるに、本件洋食器はもと昭和三二年一〇月二五日政令第三〇九号により輸出入取引法第二八条第二項による通商産業大臣の要承認品目に指定されていたのを、昭和三三年三月一三日政令第三二号により外国為替及び外国貿易管理法による要承認品目とされると共に前示輸出入取引法による要承認品目より外されたのであるが、昭和三六年一二月二八日政令第四三二号により再び同法による要承認品目に加えられると同時に前示の如く同令によつて外国為替及び外国貿易管理法による要承認品目から外されたものであり、しかして右輸出入取引法による規制は今なお継続しており、これに違反するときは矢張り刑責を問われることになつているところ、同法の目的は外国貿易の健全な発展にあり、これは外国為替及び外国貿易管理法の目的の一と同じであるし、同法による要承認品目については重ねて輸出入取引法による要承認品目とすることができないなど、両法は極めて密接な関係にあるのであり、されば前示輸出貿易管理令別表からの削除はその後における無承認輸出を全く適法化したものではなく、該行為は右別表削除後も根拠法令こそ異なれ、同じような目的を持つ法令によつて依然として禁止されており、従つて該行為は右別表削除の前後を通して違法な行為であり可罰性あるものなのである。

以上の諸点を考え併せると前示別表からの削除はそれ以前の違反行為に対する可罰性を失わしめるものではなく右は刑の廃止に当らないと解さざるを得ない。弁護人の主張は採用できない。

輸出許可は検査に供すべく現に保税地域に搬入された貨物そのものに対してなされるのであり、従つて本件第一の(一)及び第二の(二)の各貨物は輸出許可を得たものであるから、これらについて無許可輸出の罪は成立しないとの主張について

関税法第六七条に定める輸出の許可は、申告に対して、すなわち、輸出申告書に輸出すべき貨物として記載された貨物につき、その品名を基として必要な審査をなし、これに対してなされるのであつて、同条に定める貨物の検査は申告書記載の貨物が実際のそれと一致するかどうかを確認する方法にすぎないのであつて、右検査の故をもつて、許可は、申告書記載の貨物と実際のそれとが一致するかどうかにかかわりなく、現に検査に供すべく保税地域に搬入された貨物そのものに対して為されるものであるとはとうてい解せられず、いわんや、貨物がその本来の貨物として検査に供されたのではなく、偽装作為等により、ことさら真実の姿をかくして、申告書記載の貨物と同一なる如くみせかけられたような場合には尚更であり、このことは、同条に定める検査が必要的なものであるとしても何等異ることはない。されば輸出許可の効力は申告書に記載された貨物と同一か、少なくもこれと同一性の認められる貨物についてのみ及びそれ以外には及ばないというべきである。従つて若し申告書に記載された貨物と検査に供すべく保税地域に搬入された貨物とが全く別異のものであつて、両者の間に同一性の認められない場合には、誤つてその申告に許可が与えられても、その許可は、それが有効かどうかを問うまでもなく、右搬入された貨物にはその効力を及ぼし得ないといわねばならない。

今本件についてこれをみると、申告書に輸出すべき貨物として記載されたものはガーデンツールでありしかして検査のため現実に保税倉庫に搬入されたものは洋食器であつて、両者はその品名を始め、用途も、形状も異なる全く別種の貨物であつて、その間に同一性は毛頭認められないものである、のみならず、右洋食器はこれを洋食器としてそのあるがままの状態で検査に供されたものではなく、梱包の内容を示すべきパツキングリストにはガーデンツールと偽り記載されている外、実際には検査が行われなかつたため、現実にこれを使用する機会はなかつたものの、検査用として別に申告書記載どおりのガーデンツールを一部用意しておいて、これをもつて右貨物として検査をうける用意がなされていたのであるし、また洋食器としての梱包には輸出検査のラベルが貼られる筈であるのにこれもなく、要するに本件洋食器はこれを洋食器にしてではなくあくまでガーデンツールとして検査をうくべき状態に置かれていたものであり、従つて被告人等の得たガーデンツールに対する輸出許可をもつて本件洋食器に対する輸出許可があつたとなすことはとうていできないところであり、本件洋食器の輸出は税関の許可なしになされたものとなさざるを得ない。被告人及び弁護人の主張は失当である。

よつて主文のとおり判決する。

別表一

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

別表二

〈省略〉

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例